馬鹿舌とグルメとヘッドホン

私は二十歳の頃、自分は味にうるさいと思っていた。
だが姉は自らを「馬鹿舌だからファミレスで十分おいしい」と言っていた。
姉が馬鹿舌なら俺も馬鹿舌なのだろうが、それを認めることはできなかった。

いま、三十路のなかで思うに、姉の言う『馬鹿舌』は江戸っ子独特の卑下であって、いわゆる馬鹿とは違う。
素材の味や調味のバランスに欠けているところや及ばないところがあったとしても、それを補っておいしく味わえるとしたらどうだろう。
確かに私には味を分析する能力はたいして無い。ただその分、味を楽しむ能力は高いと思う。

「おいしい料理」ってのは実は簡単で、70点でおいしい。素材が普通に美味しいんだから、スーパーで買ってきて塩味で白飯だけでおいしいのだ。
店での売り物だったり、品評会の対象だったり、競合との客の奪い合いだったりしたら、それは『おいしい』とは全く関係無い要素がたくさん入ってきてしまう。
コスパ。素材の珍しさ。調理の難しさ。目新しさ。トレンド。売り文句。盛り付けやパッケージ。立地。提供方法。料理人やレシピが獲得してきた賞。そして、作り手はそれらをどこまでどのように食べ手に伝えているか。
そんな諸々を判断できるのがグルメな方々なんだと思う。

ちなみに音楽にも同じことが言える。
私はAppleの純正のイヤホンで何も不自由していない。
1万円くらいのヘッドホンも持っているが、わりとどっちでもいい。
よっぽど低品質でない限り、音楽は楽しめるし、音楽の良さは音質だけじゃない。リズムや和音(音色)や、歌なら歌詞やボリュームの強弱は、70点のスピーカーで100%味わえる。

そんなわけで、馬鹿舌で馬鹿耳な私は、「そこ突き詰めるのは俺の役割じゃないよ」と冷めた感覚で自分の楽しみに集中している。

ま、もちろんこれは世の主流なスタンスの一つだとも自覚しながら。